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仏料理界の巨匠 アラン・デュカス氏の日本への恩返しと東北復興支援

 

世界中で活躍するフランス人有名シェフ、アラン・デュカス氏。
2011年6月、フランス外務省と同氏が率いる「コレージュ・キュリネール・ド・フランス」(*1)共催の日本緊急支援ガラディナーが開催されました。東日本大震災からの復興に向け、国境を越えて同じ食分野で被害を受けた食材生産者への義援金を供出することを目的としたものです。集まった義援金16万ユーロは、津波で壊滅的被害を受けた日本有数の牡蠣の産地・宮城県気仙沼市で牡蠣養殖業を営む畠山重篤氏をはじめとする養殖家の方々の復興資金として寄付されました。
1960年代にフランスで牡蠣の病気が蔓延し大打撃を受けた際、畠山氏の父の世代が石巻産種の牡蠣の幼生を輸出し、フランスの牡蠣産業の絶滅危機を救った経緯もあり、フランス人にとって三陸の牡蠣への思い入れは深いものがあると言います。

日本への恩返しと三陸の養殖漁業復興を願うデュカス氏は、10月4日から10日に開催された「ダイナースクラブ フランスレストランウィーク」の東北支援の一環として、震災で大きな被害を受けた岩手県釜石市の東部漁協組合員とそのご家族及び地元の方々120名に対する、日本で初めてとなるコース形式の炊き出しに参加しました。
はじめに、行政が漁港に設置する作業用テントにてセレモニーが開催され、デュカス氏を含む炊き出し参加シェフがテントにサインを入れました。
デュカス氏は、『一刻も早く幸せになれますように。我々はそばにいます。引き続き頑張って下さい!』と復興への熱いメッセージを。


炊き出し会場となった旧白浜小学校体育館には、本格的なフレンスレストランのようにクロスが敷かれたテーブルと椅子、陶器のお皿やワイングラス、カトラリーが用意されました。
最高級のフランス料理を味わって欲しいというデュカス氏の思いから、シャンパンにはフランス王室御用達のペリエ・ジュエが用意され、料理には舌平目のポッシェノルマンディ風や牛肉の赤ワイン煮など5種類が振舞われました。
当日は、デュカス氏以外に発起人の一人である「ロレオール」の伊藤勝康シェフ、「ベージュ・アラン・デュカス東京」の小島景チーフシェフら4人のシェフも参加。

昨年度、フランス料理はユネスコ無形文化遺産に認定されています。
フランス料理は、記念日や集まりなど人生における大切なひとときを創り出すものとして捉えられており、単に飲食をするのみではなく、楽しく会話をしながら人間同士の交流の場をつくるものとされています。その為、デュカス氏は今回のディナーを単なる炊き出しではなく、コース仕立ての起承転結のある料理、目でも楽しむことのできる料理により被災者、ご家族の方々に楽しく会話をしながら食事をすることで元気になってほしいとの思いを込めました。

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釜石東部漁協はワカメやホタテ・カキの養殖が大変盛んだった地域です。震災で養殖施設や漁船のほとんどを失い、40名の方が犠牲になりました。
小川原泉組合長は、「フランス料理の夕べを開催して頂き、大勢のシェフに感謝します。とりもってくれた伊藤シェフにも感謝を申し上げたい。我々ができる恩返しは一つです。漁業の復興を一日も早くすること、そして全国の皆様にホタテを届けたい。」と語ってくれました。

また、今回のイベントに対して子供たちからも感想を聞くと、「わざわざフランスからお越し頂き、心のこもったお料理をありがとうございます。これからも皆で力を合わせて、復興に向けて頑張っていきたいです。」とシェフの方々にお礼を伝える場面も。

最後に「雨が降った後は必ず太陽が戻ってくる。一刻も早く幸せになれるよう我々はそばにいます。引き続き頑張って下さい。」とデュカス氏は言葉を残しました。

【アラン・デュカス】
Alain Ducasse

1956年9月13日生まれ
史上最年少で三ツ星を獲得したモナコ国籍のシェフ
パリのホテル・プラザ・アテネのレストラン「アラン・デュカス」やモナコのレストラン「ルイ・キャーンズ」他、世界各国でレストランを経営する。
ミシュランから異なる国で三ツ星を付けられた史上初のシェフである。

 

*1 発起人アラン・デュカス氏が代表を務める有名料理人の組織。
フランスで2011年2月に結成。昨年、世界遺産に認定されたフランス・ガストロノミーのさらなる促進を目的とし、フランス料理の魅力を広く知らしめるための機関として活動。

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吉永麻衣子先生インタビュー

私達(キッチンライフ・料理教室ナビ)は、パンや料理などを日本の食文化として世界に誇れる「食文化の一つ」にしていきたいと考えています。常日頃そのような感覚で、先生方とお話していると、是非、もっと多くの方に知っていただきたい「考え方」や「活動」そして「表現」している事があります。

パン教室minna主宰の吉永 麻衣子さんは、まさにとってもグローバルな考え方を持って、何か、この人は、パン教室という活動を通してとっても新しい事を始めるのではないだろうか?と感じずにはいられませんでした。今回は、レッスンなどで非常にお忙しい合間に、お時間をちょうだいし、いろいろとお話を聞かせていただきました。

<お話をうかがった人>
cooking studio minna 主宰 吉永 麻衣子先生

<吉永先生プロフィール>
ホームメイド協会講師資格取得後、結婚を機に退職。Dean&Delucaのキッチンを経験。2009年7月に自宅にてcooking studio minnaを開く。株式会社日本ヴォーグ社のパン教室「ハッピークッキング」の立ち上げ、専門学校ビジョナリーアーツでの講師を経験。現在は横浜市青葉区の自宅にてお子様連れOKのパン教室を主宰

――― パン作りに興味を持ったきっかけを教えてください。

勤務していた会社で、東京本社から関西支社に異動になった時、たまたま趣味でパン作りを始めました。東京では一人暮らしをしていたのですが、関西に異動し実家から通うようになったのです。東京では仕事が忙しく週末も休む暇がないほどでしたが、関西勤務になってからは、週末に時間の余裕ができました。そんな時、週末にぼーっとしているのはもったいない、何かしようと思って思いついたのがパン。当時は家でパンを焼くことがそれほどメジャーではなく、パンはベーカリーで買うことが多い時代でした。「お菓子はバレンタインやクリスマスで作る機会はあるけれど、パンはどうやって作るんだろう?」と興味を持ったんです。どうせなら、人と違ったことをしてみたいと思って。そして、パン教室に通い始めました。

――― パン教室を仕事にしたいと思ったきっかけは何ですか?

教室に通ううち、だんだん興味がわいてきて「もっと学びたい!」という気持ちが強くなりました。たくさんの教室に通ったのですが、そのうちのひとつはパン教室を開くためのスクールでした。実は「教室開校」にはあまりこだわりはなく…自分で自由に組み立てられるカリキュラムが魅力だったので入学しました。入学してみたら、周りの生徒さんがみんな「パン教室をやりたい!」という人ばかり。人を集めて教室ができるほど広い家なのかと思い聞いてみると「普通の家ですよ」なんて言われ(笑)もっと大々的に開いているのかと思ったのですが、裏路地教室的な感じで教えていたりしていたのです。また、来ていた方は主に子育て中の主婦。自分でタイムスケジュールを組むことができ、無理のないスタイルで教室運営をすることができることも知りました。特に資格も必要ないし、やりたいと思ったら今日からでもできる!と感じたのです。それならば納得いくまで勉強してみようと思いました。この時期から今後の人生を考える上で「今の仕事を続ける」以外に「パン教室を開く」という選択肢ができました。

――― 最終的に「パン教室」を選んだ理由は何ですか?

パン教室に通っていたときは、一般企業に勤めていました。世の中で「女性が働きやすい会社」を目指している企業が増えてきた中、私が勤めていた会社もそのうちの一つでした。でも、実例がなかったことと将来は子供も生んで家庭をしっかり守りたいという気持ちが強かった。この会社で一生続けていくのは私には難しそうだと感じていたのです。でも、社会との接点はもっていたいと考えていて…そんな時、結婚の機会に恵まれました。人生の選択肢を選べる環境となり、よくよく考えた結果、好きなことで更に自分のライフスタイルに合わせた仕事ができるならば…「パン教室」という結論に。会社を退職し、まずは食に関する現場で働いてみようと『Dean&Deluca』のキッチンで働き始めました。ここで一通り、キッチンで働く人たちの考え方や動きを学びました。その後ご縁があり株式会社日本ヴォーグ社のパン教室「ハッピークッキング」の立ち上げや専門学校ビジョナリーアーツで講師を勤めました。

――― 教室を始めたのはいつですか?

結婚してから半年後ですね。やることはしっかりやりたいタイプの性格なので、もっと勉強してから…と思っていたのですが、友達が「もういいじゃない、教えてよ!」という感じでちょっと背中を押してくれたのです。せっかく始めるのであれば中途半端ではなく、きちんと教室という形にしようと思い、新規の生徒さんを集める告知手段としてブログを選びました。最初は月に数名だった生徒さんでしたが、口コミもあり教室に来たいという方がだんだん増えていきました。今は「通常レッスン」と、「教室を開きたい人のためのレッスン」を開催しています。また、月に1回、豊洲でパン教室のイベントをやっています。

――― パン教室を始めて感じたことは?

企業に勤めていた時は営業職だったのですが、歳をとるにつれて疲れもでてきたり…。でも、パンや料理の仕事では、作り手として歳をとってもマイナスにはならない、むしろプラスになると思えて今後が楽しみです。これから歳を重ねる中でのいろいろな人生経験をパンに生かしていきたいと思っています。例えば、「お子さんには是非手作りで安心なパンを食べさせてあげてね」と今も口では言うけれど、実際に子育てを経験してみないと、どれほどたいへんなことか分からない。でも、自分に子どもができたら自分の経験から物事を人に伝えることができるので、より正しいことがお伝えできるようになるし、自分自身も納得感がでると思うのです。そういう意味で「人生の変化をパンや料理で表す」などということも楽しみながらやっていけると思いますね。若い人たちのセンスも取り入れながら良いものが伝えられたら良いと思います。

――― 今後の目標をお聞かせください

手作りの温かさを、パン作りを通してずっと伝えていきたいですね。手っ取り早いのは有名になることか…とも思うのですが、それが忙しくなり、パン作りの追及ができなくなるのは違うと思うのです。また、多くの生徒さんにお越しいただきたいとも思うのですが、私自身出産を控え、必ず子供がいる教室になってしまうので、週末にリフレッシュで教室に来るOLさんには申し訳ないなとも感じたりしています。なので、今は、自分でじっくり追及したパンと、手作りの温かさを無理なく皆さんに伝えていけたらよいと思っています。

2011年8月に出産予定の吉永先生。現在は産休中ですが、年内にはパン教室を再開したいそうです。「赤ちゃんができたとわかった時は嬉しい反面、パン教室をどういう形なら続けられるのか悩んだりしていたのですが、生徒さんの「先生のお子さんが一緒にいてくれたら、私たちも気兼ねなく子供を連れて教室に来ることができます」という言葉に勇気付けられました。少しの間生徒さんには迷惑を掛けることもあると思いますがパン教室は続けていきたいです。」と、ママの気持ちをしっかりつかんでいます。

趣味だったパン作りを極めた結果、「一生の仕事」として選んだ吉永先生。

その活動を一つのビジネスとして結びつけました。

キッチンライフでは、こうした先生方の活躍を様々な形で応援してきます。

注目の吉永先生の活動!
「これからパン教室を始めたいという方」「現在すでに教室を開いていますという先生」と一緒に活動をしています。右は、その活動のロゴです!
パン教室を開いてるのだけどなかなか相談相手がいなくて、、という方のご参加お待ちしています!とのことです。

詳しい情報は、こちらの吉永先生のHPをご覧ください。

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『ワインの力』でグルマン世界料理本大賞を受賞された濱野吉秀氏を取材!

こんにちは!キッチンライフ・料理教室事務局の岩元です。

今回ワインの力ーポリフェノール・延命力の秘密』で料理本のアカデミー賞とも言える「グルマン世界料理本大賞」を受賞された濱野吉秀氏を取材させて頂きました。

皆様は赤ワインの効能ってご存知ですか?
赤ワインに含まれるポリフェノールには、脂肪の吸収を抑制したり、動脈壁内の細胞の異常増殖を抑えて動脈硬化を防ぐ働きがあり、さらにはポリフェノールはアルツハイマーの危険性を減らす可能性もあるなど、実は百薬の長なのです。
一日二杯の赤ワインで認知症の予防にも!

著者である濱野吉秀氏は、ブドウと出会ってから55年、日本の多くのワイナリー誕生に尽力された澤登晴雄氏に師事し、現在はブドウとワインに関する日本と中国との掛け橋をライフワークとされています。
濱野氏、実はワインの歴史や効能、そして中国に造詣が深いだけではなく、様々な分野に博識な方なのです。
例えば、青海亀の研究や、鴨博士であったり、うなぎの研究、キムチを40年前に日本に導入したり、魯山人のお話や全国駅弁ランキングの実施など、話題が尽きることはありません。
事務局スタッフも様々なお話をお伺いする中で、食の本質という部分についてとても勉強させて頂きました。
現在、『ワインの力』第二弾に向けて、執筆中とのことです。
皆様も気になっている放射能とワインの関係など、興味深いお話が満載とのことですので、第二弾の出版が楽しみですね。

今後、濱野氏のワインセミナーや勉強会など企画中です。貴重なお話をお伺いできるチャンスです。
是非楽しみにお待ち下さい。

濱野吉秀(はまの・よしひで)プロフィール

○理学博士。食品研究開発家。
現在(中国)西北農林科技大学葡萄酒学院名誉教授及び
国家国際葡萄酒評価委員。
日本葡萄愛好会名誉顧問。○1937年11月3日東京生まれ。東京農業大学農事拓殖学科中退。
19才の折「土に学ぶ」の著者、故澤登晴雄農業科学研究所理事長に私淑。
農大中退後、運輸財政記者から食材の道を歩む。

○ハウス食品、JTBトラベランド、スカイラークのフードアドバイザーを務める。

○2001年より中国で開催されるOIV(国際ブドウ・ワイン機構)の国際会議とシンポジウムに日本人として唯一毎回招待参加。
「赤葡萄総合エキス」「黒葡萄葉茶の開発」などブドウとワインに含まれるポリフェノールの独自の研究成果を発表。

○主な著作「奇跡の一滴が脳に効く」 「お腹をしぼれ引締めよ」ダイセイコー出版/ぶんぶん書房。 「濱さんの特殊魚探訪記」日本養殖新聞。 「食文化春秋」全国食鳥新聞に長期連載。 「マルコポーロ」文芸春秋 「ウノ」朝日新聞のくいもの探偵団団長。

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米国フードブロガー「マークマツモト氏」対談インタビュー

アメリカで話題のブログ”NO RECIPES cooking is more fun without them”では、「レシピに頼りすぎない」、多彩なジャンルの料理を紹介しています。

このブログを主催するのは、ニューヨーク在住のMarc Matsumoto(マーク・マツモト)氏。

“NO RECIPES”は、料理を楽しみとする彼が、すべての人々に伝えたいことを集約した言葉。「レシピを見てはいけない」ということではなく、誰でも「基本的なスキル」さえ身につけて、後は、自分の好きにやってみれば、ひとつの料理や食事が出来上がるということを伝えようとしている。失敗を恐れず、だれでもステキなHome Chefになれるということだ。


—-料理教室ナビ・キッチンライフは、マツモト氏の来日に合わせ、お話をうかがうことができました。

マツモト氏が料理をするきっかけとなったのは、5歳の時。母親がサンフランシスコで現地の人々に日本の家庭料理を教えていたことが始まりでした。

「テリヤキ、スシ、カレーライス、トンカツ…家で簡単に作れるものを教えていました。当時、アメリカではまだ日本食があまり知られていなかったので、アメリカ人にはとても興味深いものだったと思います」

そのためか、マツモト氏のブログにも、日本食が出現する機会は、多い。
“MISO RAMEN” “KARAAGE” “BUTA KABUNI(豚とカブの煮物)” “OSECHI RYORI”など、手軽に作ることができる料理ばかり。

「大切なのは、レシピにこだわりすぎないこと。例えば、ニラを使うレシピならば、ニラと似た食材を使う。こうして、オリジナル料理を作り続けています」とマツモト氏。食材やスパイスの『存在』を知るだけでなく、その香りや味を知り、この料理に使える!というひらめきが、独創性ある料理を生み出していると言います。

「料理をするのに、作り方の細かい部分にこだわる必要はないと思います。必要なのは、50%の基本的な技術と、その時のひらめき」と、語るマツモト氏。

—–料理をする上で大切にしている「ひらめき(inspiration)」は、どのように養っているのか聞いてみました。

「新しいアイデアを生み出すために、毎年、アジアとヨーロッパそれぞれ1回ずつ旅行に行っています。

今回のアジア訪問は、日本以外に、韓国・中国・シンガポールを訪れています。

アジアの料理はとても奥深く、魅力的というマツモト氏。オリジナル料理を創作するヒントがたくさんあると言います。「日本には『しょうゆ』ひとつにしても、淡口しょうゆ、濃口しょうゆがあり、それぞれに特徴がある。また、魚の骨やホルモンなど、欧米では捨ててしまう食材を、日本では上手く利用してまるごと食べるなど、食文化の違いには、とても興味があります。自国と違う文化に触れ、その文化を吸収することで、さまざまな「ひらめき」が生まれてくるのです」。

—–本国での活動について聞いてみました。

フリーライター・フォトグラファー・マーケティングコンサルタントの肩書を持つマツモト氏。テレビ出演や企業のレシピ開発、街のコミュニティなどで、幅広く活動しています。

「参加した人たちそれぞれが持ち込んだ食材で、その場で何を作るか考え、料理をするなどのイベントをしています」誰が何を持ってくるかは、参加者が集まってみないと分からない状態。「豚肉、野菜…中には、ニューヨーク郊外で摘んできた野生のわらびを持ってきた人もいるのです。まさに、“NO RECIPE”!」

ニューヨークにはさまざまな国の料理を食べられるレストランが、数多く存在することでも知られています。「ある国の料理を提供するレストランに、その国の料理とは縁のない食材を持ち込み、シェフと一緒に料理を考えることもあります。シェフから新しいアイデアをもらったり、シェフも新しいメニューを考えるきっかけとなったり、刺激になりますね」

また、地域のコミュニティでは、料理を写真撮影するための講習も行っています。「光のバランスで、写真の良し悪しが決まってしまう。フラッシュ機能は使わず、10ドルで買ってきたランプで料理に光をあて撮影するという、ちょっとしたテクニックで写真映りが断然良くなるのです」。身近なもので、手軽に楽しめる―ここにもマツモト氏のモットーが表れています。

料理を愛する人々のため、家のキッチンで料理した家庭料理を、みんなで楽しむ家族のため、さまざまな活動に力を入れているマツモト氏。

これからも、さまざまな「ひらめき」で料理をもっと楽しませてくれそうです。

対談者プロフィール
Marc Matsumoto(マーク・マツモト)氏
1977年宮崎県生まれ。生後約半年で、米国カリフォルニア州ナパに移住。1980年代初頭に始まった日本食ブームもあり、日本人の母が現地米国人に日本食の料理教室を主催するようになり、Marc氏は、その際のPrep chefとして、キッチンにて食材の下ごしらえなどを担当し、幼いころより食に親しむ。
2005年より、ニューヨーク州に在住。インターネット系のマーケティングコンサルタントを本業とする傍ら、「食」や「旅」にフォーカスしたブログの執筆活動を開始する。
今後は、より更に食に特化した活動をしていく予定にしている。



取材協力
学校法人安達文化学園 専門学校ビジョナリーアーツ(東京校)

この度のインタビューは、渋谷区に緑豊かな校舎を構えるビジョナリーアーツ様にご協力いただきました。

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米国フードブロガーインタビュー

みなさん、こんにちは。

キッチンライフ・料理教室ナビ運営事務局の佐藤です。今日は、米国カリフォルニアから日本食の情報発信をするフードブロガーLa Fuji MamaことRachael(レイチェル)さんとのインタビュー(7月5日(月)実施)をご紹介します。

レイチェルさんのブログは、こちらへ。

7月5日(月)午前10時にレイチェルさんと中目黒の改札前で待ち合わせをしました。私は、少し早目の到着。天気は曇り空で、蒸し暑く、汗が噴き出してきてしまうほどでした。

10時ジャスト。ブロンドヘアーの女性と男性が手をつないで横断歩道を渡って、駅の方に向かってきます。

東京には、たくさん外国人さんがいるから、ちゃんと確認しないと!と思い、私の目の前を通り過ぎようとする2人を一生懸命目で追いかけようとしていると、女性と目が合いました。

女性の方から”Are you Sato?”と。”Yes! Fuji mama-san? Nice to meet you.”と握手。ついに、長らく待った、感動的な初対面を中目黒の駅前で実現することができました。

さぁ、いよいよ生まれて初めての英語でインタビュー。そんなの大学の授業でもやったことがない。とにかく、ヒアリングが心配。まずは、流れを。自己紹介して、それから彼女の日本食の関心のこと聞いて・・・。それから失礼の無いようにしないと・・・。

インタビューをするために近くのベーグルショップに歩いて移動する間、頭の中は若干パニック状態。

近くのベーグルショップのテラスの席に座り、自己紹介。サイトを見てもらっていたので、こちらのやっていることはある程度理解してもらっていましたが、日本の個人の料理教室の傾向や現状、そしてちょっとした歴史などをご説明。それから、自分がなぜ、個人の料理教室の先生といろんな活動などを始めたかなども紹介して、彼女に質問を。

—なにがキッカケで日本との接点ができたんですか?

夫の仕事の都合で、日本に来る機会ができました。通算で4回、日本で生活したことがあります。その前は、フランスに住んでいたことがありますが、日本という国に来ることすら想像できませんでした。

—ブログで、和食レシピなどを紹介していますが、どういうきっかけで始めたんですか?

日本に滞在中に、日々の生活のことをブログで発信しはじめました。2007年の2月が一番最初だったと思います。私は、書くことが好きで、日本にいる間は、あちこちへと食べ歩いたりもしながら、それらのことで、書くことの材料が尽きませんでした。

それから、米国に戻って、しばらく、書くこともないなぁ・・・と考えていたのですが、やっぱり日本食が好きだし、それらを中心に書いていこうと決めて、再開しました。

夫に「生まれる国を間違えたんじゃない!?」と言われるほど。私は、とにかく和食が大好きです。子供たちには、毎朝お味噌汁を作っています。それから、お豆腐。向こうのスーパーマーケットには、普通に豆腐が販売されていますが、日本本土で食べられるようなお豆腐は手に入りません。なので、時々、自分で”大豆”から作っていますよ。豆腐作りは、チーズ作りと似ているとところがあるし、とっても楽しいです!

—すごいですね!日本人でも普通の人はお豆腐作り知りませんよ!

それから、家族で”手巻き寿し”も、時々やりますよ。子供も、自分で巻くのが楽しいみたいだし。主婦にとっては、何よりも簡単なのが良いと思います。材料を切って、ご飯と海苔を用意するだけでしょ!

材料は、カニやアボカドを良く使いますね。現在住んでいるカリフォルニアでは、割と手に入りやすい材料です。安価に手に入るアボカドは、ワサビ醤油で食べるとマグロのような味になりますしね!

—手巻きずしについての考え方が、まさに日本人の主婦ですね・・・。そんな、すてきな情報満載のブログは、お家の中の、どこで描かれているんですか?

キッチンですね。今の自宅のキッチンには、アイランドがあって、そこにラップトップパソコンを置いて書いています。

—ブログを書くこと以外に、どのような活動をされているんですか?

フリーランスで、レシピの開発などをしています。今は、マッシュルーム協会のレシピ考案のお仕事をしています。これは、できる限り近くのスーパーで買える材料で考えるようにしています。でも、おしょう油は、どこのスーパーマーケットでも手に入るので問題ないですね。

私のブログの読者の多くは、米国内の人で、月に数万人の方が見に来てくれます。海外からは、オーストラリアの人が一番多いです。それから、ヨーロッパや日本からも来ています。

—将来は、どういうことをしたいと考えていますか?

move back to Japan!(笑) I miss it everyday.

フリーランスの仕事をもっとたくさんこなしたいと思っています。
それから、料理教室を開催してみたいと思います。

—Rachelさん。今日は、本当に貴重なお時間をありがとうございました。

この後、合羽橋に行かれるということでした。何か目的のものがあるんですか?と聞くと、和菓子の道具だそうです!
これが、将来どういうカタチで、Rachaelさんのブログでお目見えするのか、楽しみですね!

右は、Rachaelさんとご主人です。Have a good day!

キッチンライフ・料理教室ナビ運営事務局
佐藤 傑

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